音響インテンシティの測定は、音のエネルギーの流れを時間平均したベクトル量として測定できる強力な技術です。その特性により、音源を分離したり、室内の直接音と残響音を区別したりすることができます。 ここでは音響インテンシティ測定について、基礎理論、実際の測定方法、一般的な応用などを紹介します。
私たちが音圧として捉える空気圧力の変動は、サウンドレベルメータを使って簡単に測定できます。この方法では、測定地点の音圧を正確に把握できますが、その発生源に関する課題を解決する必ずしも十分ではありません。
音響インテンシティとその測定方法について理解する前に、まずは音圧と音響パワーとの関係について解説しましょう。
音源は音響パワーを放射し、その結果として音圧が発生します。音響パワーは原因、音圧は音響パワーに影響された結果と言えます。
次のような例えがあります。電気ヒーターが部屋に熱を放射すると、室温つまり温度はその影響を受けます。温度は、私たちが暑さや寒さを感じる物理量です。部屋の温度は、当然ながら部屋自体の形状や断熱材、他の熱源があるかどうかなどに左右されます。しかし同じ電力を入力した場合、ヒーターが放射するパワーは同じで、実質的に環境には左右されません。
音響パワーと音圧の関係も同様です。我々が聞いているのは音圧ですが、それは音源から放射される音響パワーによって引き起こされます。
我々が聞いたり、マイクロホンで測定したりする音圧は、音源からの距離と、音波が存在する音響環境(音場)に依存します。つまり、部屋の大きさや表面の吸音が関係するのです。 そのため、音圧の測定をしても、機械がどれだけの音を出しているかを定量的に把握することはできません。
環境に左右されない音響パワーは、音源の音の大きさを表す唯一の指標となるのです。
振動している物体は、音響エネルギーを放射しています。音響パワーはエネルギーが放射される割合、言い換えると単位時間当たりのエネルギーです。音響インテンシティは、単位面積当たりのエネルギー流量です。SI単位系では、単位面積を1m2としています。したがって、音響インテンシティの単位はW/1m2となります。
エネルギーの流れは方向があるため、音響インテンシティは方向の指標にもなります。したがって、音響インテンシティは、大きさと方向性の両方を持つベクトル量です。一方、音圧は大きさだけを持つスカラー量です。通常は、音のエネルギーが流れているある単位面積に対して法線方向(90°)のインテンシティを測定します。
また、音響インテンシティは、単位面積あたりのエネルギーの流れの時間平均値であることも述べておく必要があります。場所によっては、エネルギーが行ったり来たりしていることもあります。このような場合、エネルギーの流れは時間的に平均して相殺されるので、インテンシティは測定されません。
下の図は、音源がエネルギーを放射している様子です。このエネルギーはすべて、音源を取り囲むある領域を通過すると考えられます。インテンシティは単位面積あたりの音響パワーなので、音源を囲む領域の空間平均ノーマル音響インテンシティを測定し、それに面積を乗じることで音響パワーを簡単に求めることができます。なお、インテンシティ(および音圧)は自由音場における逆二乗則に従います。
このことは図を見ればわかるとおりで、音源からの距離が2倍になると面積は4倍になります。しかし放射されるパワーの総量は距離に関係なく一定なので、その結果単位面積当たりのパワーであるインテンシティは距離に応じて減少することになります。
音圧の測定値から対象物の音響パワーを求めることができますが、実用上の課題があります。音響パワーと音圧の関係は、音場に関する仮定のもと、慎重に調整された条件下でのみ導き出すことができます。無響室や残響室など特殊な構造の部屋が、これらの要件を満たします。従来、音響パワーを測定するには、これらの部屋に音源の測定対象物を設置しなければなりませんでした。
しかし、音響インテンシティはどんな音場でも測定することができます。音場などの前提は必要ありません。すべての測定を現場で直接行うことができます。また、個々の機械やコンポーネントの測定において、他のすべての機械が騒音を放射している場合であっても測定することができます。なぜなら、定常的な背景騒音は、音響インテンシティから導き出される音響パワーには寄与しないからです。
音響インテンシティは、大きさだけでなく方向も示すことができるため、音源の位置を特定するのにも非常に有効です。そのため、複雑な振動をする機械の放射パターンなどをその場で調査することもできます。
音場は音が存在する領域のことで、音波の伝わり方や環境により分類されます。ここでは、いくつかの例を挙げて音圧と音響インテンシティの関係を説明します。この関係が正確にわかるのは、下記のうち最初に述べる2つの特殊なケースだけです。
自由音場では、反射物などがない理想的な空間における音の伝搬をします。この条件は、地面から十分に離れた屋外や、壁に当たった音がすべて吸収される無響室で成立します。自由音場では、音源からの距離が2倍になると、伝搬方向の音圧レベルと音響インテンシティレベルが6dBずつ低下します。これは単純に、逆二乗の法則であると言えます。また、音圧と音響インテンシティ(大きさのみ)の関係もわかっています。これは、ISO 3744、3745、3746に記載されている、音響パワーを算出するための方法の一つです。
拡散音場では、音の反射によりすべての方向に同じ大きさと確率で伝搬します。残響室で近似されています。平均インテンシティはゼロですが、室内の音圧とある一方向からのインテンシティ(Ix)を理論的に関連付けられます。一方向からのインテンシティだけであり、正反対の方向の成分は考えないものとします。一方向からのインテンシティは音響インテンシティ分析器では測定できませんが、それでも有用な量ではあります。音圧を測定することで、音圧と一方向からのインテンシティの関係を利用して音響パワーを求めることができます。これについては、ISO 3741、3743、3747に記載されています。
音の伝搬にはエネルギーの流れがありますが、伝搬していなくても音圧はあります。アクティブ音場とは、エネルギーの流れがある音場です。一方理想的なリアクティブ音場では、エネルギーの流れはありません。ある瞬間でエネルギーは外に向かって移動しても、次の瞬間には必ず戻ってきます。エネルギーはあたかもバネのように蓄えられているため、正味のインテンシティはゼロとなります。
一般的に、音場にはアクティブとリアクティブの両方が存在します。このような場においては、音圧法音響パワー測定は明確に定義されておらず、リアクティブ部もパワーの放射と無関係であるため、信頼性に欠けることがあります。しかし、音響インテンシティを測定することは可能です。音響インテンシティはエネルギーの流れなので、リアクティブ音場においては寄与しません。リアクティブ音場の例を2つ挙げましょう。
管の片端で、ピストンが空気を加振している状態を考えてみましょう。もう一方の端は、音波を反射させるように終端されています。前方に進む波と反射で返ってくる波が重なり合うことで、音圧の最大振幅と最小振幅のパターンが管内にわたって一定間隔で発生します。終端が完全な反射材であれば、すべてのエネルギーが反射され、正味の音響インテンシティはゼロとなります。そうでなく吸音する素材の場合は、ある程度のインテンシティが測定されます。低周波であれば、室内にも定在波が存在することもあります。
音源のごく近くでは、空気が質量のあるバネのように動き、エネルギーを蓄えます。エネルギーが伝播せずに循環しているこの領域は、近距離音場と呼ばれます。ここでは、音響パワーを決定するための音響インテンシティの測定しかできません。また、音源に近づくことができるので、S/N比が向上します。
ある空気の粒子が静止位置から移動すると、一時的に圧力が上昇します。この圧力上昇により、粒子を元の位置に戻す働きと、次の粒子に移動を伝搬する働きの2つが発生します。圧力の上昇(密)と減少(疎)のサイクルは、音波として媒質を伝播します。
この一連の現象には、2つの重要なパラメータがあります:
アクティブ音場では、音圧と粒子速度が同時に変化します。音圧信号の最大振幅は、粒子速度信号の最大振幅と同時です。したがって、これらの信号は同位相であると言え、2つの信号の積より音響インテンシティが得られます。リアクティブ音場では、音圧と粒子速度は90°位相がずれています。一方の信号は他方の信号に対して1/4波長ずれています。この2つの信号を掛け合わせると、ゼロを中心に正弦波状に変化する瞬時のインテンシティ信号が得られます。したがって、時間平均するとゼロとなります。拡散音場では、音圧と粒子速度の位相がランダムに変化するため、正味のインテンシティはゼロとなります。